7月4日:シェムリアップ
プノンペンの朝 さて、プノンペン滞在もそこそこ、再びシェムリアップへ向けて船旅の始まりである。異国での朝日というのはなかなか趣がある。カンボジアは昔フランスの植民地であったため、町並みは西洋風だ。さて、6:30ゲストハウス出発。

プノンペン出発Mr.Nはスイミングゴーグルを目のプロテクターとして使用。カンボジアでのバイタク使用には、砂埃から目を守るためのものが必要である。高速船でシェムリアップへ向かう途中から、スコールが始まりものすごい雨となった。帰りは無事に座席チケットをとれたから良かったものの、船上にいたらとんでもないことになっていただろう。ただし、船内と言っても油断は禁物、窓から雨水が漏れてくるのだ。いつの間にか床はびしょびしょ。座席の下に鞄を入れていた人なんかは、悲惨なことに濡れてしまっていた。

船がシェムリアップに着き、雨の中再会したバイタク3人組の同乗を止めて、車にするかどうかを考えていたところ、スコールは無事にやんで太陽が出てきた。とりあえず、バイタク3人組に同乗し、本日の宿泊先を彼らに紹介してもらった「SWEET DREEAMS GUEST HOUSE」に決めた。このゲストハウスは、国道6号から少しはずれるものの新築でとても綺麗であった。驚いたのはシャワーから出る水の量。日本で浴びるシャワーと全く遜色ないほど、勢いよく水が出てくるのだ!これには本当に驚いた。ちなみに3人で宿泊して$15である。

 
で、やって来た本日のメインである。タ・プローム。1186年の創建当時は仏教僧院であったが、後にヒンドゥー教の寺院に改宗されたらしく、仏教色の強い彫刻は削り取られてしまっている。

当時、僧院には5000人余りの僧侶と615人の踊り子が住んでいたと伝えられている。このタ・プロームは宮崎駿も訪れていて、この寺院から『天空の城ラピュタ』の構想を練ったらしい。

屋久島といい、行く先々が宮崎駿によって先を越されている。恐るべき宮崎駿である。しかし、このタ・プロームは必見だ。巨大なスポアン(榕樹)に飲み込まれてしまった寺院は、自然の驚異とともに何か神秘的なものを感じさせられる。

 
寺院内はニョキニョキと木が生えていて、気根があちこちとまるで蛇のようにはいずり回っている。



  タ・プロームの西塔門
気根が石の間に入り込んでいる。ここでは自然の力を明らかにするため、樹木の除去や本格的な積み直しなど、修復の手をあえて下さないまま据え置かれているそうです。
門はアンコール・トムの南大門ほどではないが、威厳ある顔をしている。

夕日のアンコール・ワットそして、夕日はアンコール・ワットから眺めることとした。いつもの場所に陣取って夕日を待っていると、18:00になって遺跡の係りの人が出て行きなさいと言う。はてな?おいおい、アンコール・ワットから夕日は拝めないのか?よく見るとその辺にある立て看板に、入場は18:00までと書いてある。ガビーン!うちらは1時間以上もここでゴロゴロして夕日を待っていたというのに・・・。

でもアンコール・ワットを出るときに見た夕日は綺麗であった。よく考えると日本でも同じような夕日は見ることができるが、このカンボジアという土地の木々に囲まれたアンコール・ワットで見る夕日だからこそ、また一段と綺麗に見えることなのだろう。とりあえず、明日の早朝は頑張って早起きをして朝日を拝むぞ!





7月5日:カンボジア
アンコール・ワットをバックに で、頑張って早起きをしてやって来たアンコール・ワット。残念ながら雲が出ていたので、朝日を拝むことができなかった。雨季なのだからしょうがない。とりあえず、いつもの場所で休憩することしばし、外のレストランで食事をすることにした。さすがに数日間通い詰めただけあって、地元の子供たちに顔を覚えられてしまった。すでに手持ちの$が底をつきかけているというのに、お土産を買え買えとやかましい。

Left:WANI Right:DEE $がなくて、出国税の支払いすら危ない状態であったので、バーツにて買い物をしてあげることにした。とりあえずブレスレットとアンコール・ワットの小冊子。左のワニという子はとても勤勉な子で、片言の日本語だがとても綺麗な発音であった。また自分の名前もカタカナで書けるのだ。その勤勉さと可愛さに負けて、つい買い物をしてしまったという次第。

ここの子供たちはとても勤勉で、みんな一生懸命英語を勉強しているみたいであった。お店を手伝う子供達も、客がいない間はテキストを広げて英語の勉強をしていた。確かに、英語を勉強することが、外貨獲得に直結するのであるから一生懸命勉強するであろう。う~ん、その勉強する姿勢、見習わなくては・・・。